「た、た、大変です~! 大変です~!」
音ノ木坂学院の校舎内を、花陽が叫びながら駆けていた。その足はおのずとアイドル研究部の部室へと向かっていた。
「大変です~!」
花陽は部室の戸を激しく音が出るほどに開けながら叫んだ。部室に集まっていたμ'sの面々が一斉に花陽のほうを振り向く。
「かよちん、どうしたにゃ? また何かあったかにゃ?」
凛が言った。しかし花陽はそれをぶった切るように、続けて口に出した。
「お、お、お……」
「お!?」
μ'sの面々が反応する。花陽は興奮した様子を見せながら言葉を発した。
「岡山です、岡山です! 岡山、岡山、岡山です!」
「なんで5回言うのよ!」
にこがツッコミを入れた。花陽は恐縮した表情を浮かべながら話を続けた。
「失礼しました……じ、実は、11月に岡山で開催される『スクールアイドル大行進・岡山』に、私たちμ'sが出演することになったんです! これが今日来たそのお知らせです!」
花陽は机に1通の封書を置き、皆に見せた。
「ああ、これ先日スクールアイドル大行進総合本部に参加エントリーしたやつね」
絵里の言に、花陽が返すように語り始めた。
「そうです! 11月に全国各地で開催される『スクールアイドル大行進』これに参加エントリーした学校は、総合本部によって様々な場所のスクールアイドル大行進へと振り分けられます。それで我がμ'sは、岡山での出演となったとのお知らせですぅ」
「地元のスクールアイドルに加えて、私たちが東京からのゲストの形での出演というわけね」
「言うなれば、ウチらは東京代表ってことやね」
「なんかおもしろそうだにゃー!」
絵里に続き、希と凛が口々に言を発した。一方で、にこが不満げな表情を浮かべながら言う。
「てか、なんで私らは岡山に飛ばされるわけ!?」
「しょうがないでしょ。東京なんかの都会で開催される分は、A-RISEとかの有名どころを押さえてあるんだから。で、私たちは有名じゃないから地方へと回された、ってことよ」
真姫がいつもの髪の毛をいじる癖を見せながら、淡々と言った。
「ぐぅ……そう言われると、否定できないのが悲しいわね」
にこはそう言って、下唇を噛んだ。
「ま、まあ、どこだっていいんじゃない?」
ことりがフォローともとれる言をはさんだ。さらにことりは続けた。
「私たちは今、ラブライブ!一次予選を勝ち抜いて、最終予選に向けて少しでも多くのアピールをするときでもあるし。最終予選の前哨戦と思えば」
「そうだよ! ことりちゃんの言うとおり! 場所がどこだろうと、私たちはμ'sとしての最大限のアピールをしていくべきだよ!」
穂乃果がことりの思いに答えるように、皆に自らの思いをあらわにした。
ことりと穂乃果ふたりの言葉に対し、あとの7人は同意する以外、選択肢は見えなかった。最終予選前哨戦、アピール、思いは皆同じである。
「で、会場はどこなん?」
希がたずねた。花陽は即座に反応して答える。
「会場は、岡山市にあるジップアリーナ岡山ですっ」
花陽は通知に書かれている開催場所のところを、指でトントンと軽く叩いた。
「ジップアリーナ……ここって、イベントホールか何か?」
「いえ、ここは体育館ですね」
穂乃果の問いに、海未がすかさず答えを返した。さらに海未は続けた。
「このジップアリーナの近くには、シティライトスタジアムがありますね。シティライトスタジアム、略称Cスタは、サッカーJ2リーグのファジアーノ岡山の本拠地でもあります。ファジアーノとは、イタリア語でキジの意味。日本の国鳥であり岡山県の県鳥で、昔話『桃太郎』に登場する鳥であることに由来しています」
「よく知ってるねー、海未ちゃん」
「当たり前です。文武両道を貫く者として、この程度の知識は常識として身につけておくべきことです」
自慢げな表情を浮かべる海未に、少し反感の表情を浮かべる穂乃果だったが、気を取り直してあらためて皆に呼びかけた。
「ま、とにかくみんな、11月の岡山に向けて、ファイトだよっ! ところで……」
穂乃果はわずかな沈黙ののち、こう口にした。
「岡山って、どこにあるんだっけ?」
「知らんのかーい!!」
8人の激しいツッコミが、穂乃果に容赦なく突き刺さった。
2.本番前のひととき
「スクールアイドル大行進・岡山」当日、μ'sは朝早く東京駅から新幹線で岡山へと向かった。
所要時間3時間20分で岡山駅に到着。西口から出て北へと歩くこと約15分。音ノ木坂学院の制服に身を包んだ9人の若き女神たちは、会場のジップアリーナ岡山へとたどり着いた。
「ここがスクールアイドル大行進の会場かー」
穂乃果はジップアリーナの建物を前にして言った。
周辺には、ファジアーノ岡山のユニフォームを着た人たちがちらほらと見える。今日この日は、スクールアイドル大行進と同時に、近くのシティライトスタジアムでファジアーノ岡山の試合が開催されるのだ。
「あー! 今日はサッカーの試合もあるにゃー? 凛はそっちを見たいにゃー」
「バカなこと言わないの」
凛のつい口に出た率直な思いに、真姫が速攻でツッコんだ。
μ'sの面々は会場内に入った。中ではステージが組まれ、ステージ周辺には仮設の観客席が多数設置されていた。
「ここで歌うんだー!」
穂乃果はステージを目の前にして、瞳を輝かせていた。
開演は昼過ぎ。それまでにはだいぶ時間があるため、会場には誰もいない。その様子を見て、絵里は言った。
「でも早く来すぎたようね。まだ本番まで時間があるから、どこかに暇つぶしできるところがないかしら」
「日本三名園のひとつである後楽園は、あいにくここの近くではないのです」
そのようなことは誰も聞いていないのに、そう答えたのは海未だった。この一帯は体育館・陸上競技場・野球場・武道館などのスポーツ関連施設が集合している、通称運動公園と呼ばれる土地。暇つぶしの要素があるものは、ありそうにない。
各々が本番までにどう時間を過ごそうか思案しているそのとき、花陽が言った。
「あれ? 凛ちゃんはどこ行ったの?」
面々は一斉にあたりを見回した。確かに凛の姿が見えない。すると希が言った。
「あー、凛ちゃんならさっき、サッカーの観客らしき人について行っとったで」
それを追うように真姫も言った。
「そういや凛ったら、さっき『サッカー見たい』とかなんとか言ってたわね」
「はあ!?」
あとの6人はそろって、あきれの表情を全面に見せた。海未が怒りをあらわにする。
「まったく、凛は何を考えているのでしょうか!」
「さあ、何も考えてないんじゃない?」
クールに答える真姫であった。
しばらくすると、凛は走って戻ってきた。奇妙な雄叫びをあげながら。
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃー!」
「凛! 勝手な行動は慎んでください!」
海未が厳しい言葉を飛ばした。しかし凛はそれなどお構いなしと言わんばかりに、大きな声をあげた。
「向こうのスタジアムの前に、おいしそうなものがいーっぱいあるにゃー!」
「おいしそうなもの!?」
皆が凛の言葉に反応した。
「そうにゃー! みんな、来てみるにゃー!」
凛の言うまま、8人はついて行った。
μ'sがたどり着いた場所は、シティライトスタジアムだった。
スタジアム前の広場には、さまざまな食べものを販売する屋台が立ち並ぶ。その数は10数軒にも及ぶ。焼きもの・揚げもの・ごはんもの・麺類・ファーストフード系、さらにはスイーツ系と、ありとあらゆる種類の食べものがひと通りそろっている。これらはファジフーズと呼ばれ、スタジアムグルメの中でも人気・充実度ともに一、二を争うほど。ファジアーノ岡山が売りとしているものである。
「うっわーっ、すっごーい! いろんな食べもののお店がいっぱーい! まるでお祭りみたーい!」
「でしょでしょ! あれもこれもそれも、どれもおいしそうだにゃー!」
数多くの食べものを目の前にして、穂乃果と凛がはしゃぎまくっていた。
「まったく、この程度で大騒ぎするなんて、あんたらガキねー」
「ふたりそろって、まるで姉妹みたいだよ、穂乃果ちゃんと凛ちゃん……」
にこ・ことりが、ふたりの様子を見てそれぞれ口にした。
「でも、でも見てたらなんかホンマおいしそうやん?」
「ごはん、ごはん、ごはんー!」
希と花陽はそう言いながら、よだれを垂らしかけていた。
「だよねだよね? みんなー! 本番までの間、ここでいろんなもの食べようよー!」
穂乃果が皆に呼びかけた。
「ちょっと穂乃果! 本番前にあまり飲み食いは……」
「まあいいじゃないの」
穂乃果を制止しようとした海未の肩に、絵里が手を置きながら言う。
「絵里、でも!」
「せっかく岡山まで来たのよ。堅いこと言わずに、楽しんでいきましょ」
「う……わかりました。でも穂乃果、くれぐれも飲み食いはほどほどにするのですよ!」
「はーい」
穂乃果は返事をすると、即座にファジフーズの屋台へと向かった。あとの8人も同じ方向へ向かった。
シティライトスタジアムのファジフーズ。ここはさながらフードパークともいえる空間である。
ファジフーズは基本的に試合を見に来た客のために提供されているものだが、試合は見ないが食べるものは食べたいという客にも、実質開放されている。μ'sはそんな客の一部となって、ファジフーズを堪能していった。
スタジアムへと集まったファジアーノサポーター・アウェイサポーターたちに交じって、東京からやってきたスクールアイドルがファジフーズに舌鼓を打つ。彼女たちが笑顔になる時間を提供してくれていた。
9人それぞれがメニューを2、3種類食したところで、穂乃果がある提案をした。
「ねえねえ、ここでみんなそれぞれ、自分のイチオシメニューをあげて、それへのコメント言っていこうよ!」
「はあ? なんでそんなことすんのよ?」
「何それ、意味わかんない」
にこと真姫がそろって文句をつけた。
「だって、みんながいろんなメニューを言ってって、それを聞いたら『あれがよさそう』『あれがおいしそう』って、食べたいものに広がりが出てくるでしょ。だからやろうよー」
「うんうん! わかる! 私もいろんなもの食べたーい!」
穂乃果の言葉に、花陽が諸手を上げて賛成の意を示した。にこ・真姫以外の者は花陽に続き賛同した。
「あーもうわかったわよ」
「面倒な人……」
にこと真姫もそれぞれ渋々了承した。そうしてμ'sのファジフーズイチオシ紹介大会は実施された。
穂乃果:ファジ丸ドッグ

「いやー、ほどよく焼かれたパンがうまい! 太くてパリッとしたソーセージと、カレー味の炒めキャベツがはさまって、いい風味だー!」
ことり:千屋牛バーガー

「厚めのバンズに千屋牛の焼き肉がはさまれてるの。肉の香りが口に広がるよ。さらにトマトとレタスもはさんであって、ヘルシーだよ」
海未:津山ホルモンうどん

「何よりタレの味がおいしさを引き出している一品ですね。歯ごたえのあるホルモンとうどんにからんで、やみつきになりそうな味です」
花陽:デミカツ丼

「岡山の有名なB級グルメですっ! デミグラスソースの絶妙な甘味と酸味が豚カツにマッチ。デミはご飯にもけっこう合うんですぅ」
凛:ファジ丸トントンラーメン肉多め

「凛好みのトンコツラーメンにゃー! 厚切りのチャーシューが3枚もドカーンとのっていて、ラーメン好きの凛はうれしい限りだにゃー!」
真姫:ファジ牛ステーキカレー

「ぜいたくにもカレーに牛肉のステーキをのせた一品よ。ま、まあ私はステーキなんて普段からよく食べているんだけど……最高ね!」
にこ:桃太郎クレープ

「生クリームに白桃と吉備団子が入ったクレープだけど、まあシンプルな品ね。この程度の代物で、はしゃぐようなこと……大ありよ!」
絵里:ソフテリア コーヒーゼリー

「ソフトクリームの下にコーヒーゼリーとコーンフレークが入ったスイーツよ。私の好きなチョコソースがかかって、程よい上品な甘さね」
希:熟成千屋牛の牛串

「焼肉好きのウチにとっては、牛肉の串焼きはたまらん一品やね。他にも鶏串や豚串、豚タン串もあって、もうウチを誘惑しとん?」
そして穂乃果は元気いっぱいに、皆に呼びかけるように言った。
「よーし、まだまだ時間あるし、もっともーっと食べまくるよー!」
このように、ファジフーズにてμ'sの本番前の笑顔になれる時間は過ぎていった。
3.アクシデントは突然に
ビリビリビリビリッ!!
「スクールアイドル大行進・岡山」会場、ジップアリーナ岡山内の控室に、布が引き裂かれる音が響いた。
「えーーーーっ!!」
「いやーーーーっ!!」
続いてほぼ同時に、ふたつの叫び声が室内に響いた。声の主は、穂乃果と花陽だった。
「や、や、やぶけ……」
「破けちゃったーーーー!!」
穂乃果と花陽はさらに叫ぶ。ふたりの目に涙が浮かぶ。
「なんですって!?」
「えらいこっちゃ!」
絵里と希がかけつけた。
「ううう……衣装、破けちゃったようー」
穂乃果と花陽の衣装のスカートが、腰の部分から見事に縦に裂けていた。本番前に突然起こった悲劇だった。
「え~ん、どうしよう~~」
穂乃果と花陽はそろって泣いた。周囲で面々が心配そうにふたりを見る。
そのとき、きつい叱咤の声が飛んだ。海未の声だった。
「穂乃果! 花陽! あなたたち、調子に乗ってファジフーズであれやこれやと食べまくったでしょう! だからウエストがきつくなって、衣装が入らなくなったのです!」
「だ、だっておいしかったんだもん……」
花陽が涙声で言う。穂乃果も続く。
「ちょっと衣装きついかなーとは思ったけど……でも制服のスカートは大丈夫だから、まあ入るだろうと着たんだけど……なんとかもつかなーと思ったんだけど……」
「制服のスカートが大丈夫だったのは、アジャスタがついてたからでしょう。そもそもあなたたち、以前も体重増で私がダイエット命令しましたよね? それから日が経たないうちに、この有り様ですか。あなたたちはアイドルとしての自覚がなさすぎます!」
「ご、ごめんなさ~い」
海未は容赦なく穂乃果と花陽に厳しい言葉を投げつけた。それに対し、穂乃果と花陽はその場にひざを落とし、互いに抱き合いながら泣くことしかできなかった。
「ま、まあ、海未ちゃん、そんなにきつく言わなくても」
ことりがふたりをかばった。
「このふたりに甘い言葉は無用です」
なおも叱咤の姿勢を崩さない海未だった。
「だからって、怒ったって何の解決にもならないわよ」
「せやせや。ふたりの衣装がこんなになってしもうた以上、今は衣装をどうするかを考えるんが先とちゃう?」
絵里と希が助言を与えた。穂乃果と花陽は、それにいくらか救われた気分になった。
「そうですね、失礼しました……」
海未が申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。
「でも、どうすんのよ、衣装。もう本番まであんまり時間ないわよ」
にこが言う。それに答えるように、凛が案を出した。
「かよちんと穂乃果ちゃんは、制服で歌うにゃー」
「それじゃ統一感ないでしょ。お揃いでないと」
「じゃ、じゃあ、みんな制服着て歌うにゃー。いつだったか、凛たち制服で歌ったじゃにゃい?」
「あのねえ、あのときは会場が学校だったから、許容できただけでしょうが。わざわざ岡山まで来て、制服で歌うなんて、アピールにも何にもなりゃしないわよ」
凛とにこの間で漫才のようなやり取りがなされた。
「でも、時間が押し迫ってる今の状況だと、やっぱり制服で歌うしかないかも……」
絵里がうつむき気味につぶやいた。穂乃果と花陽は、罪悪感からずっと顔を下に向けたままだ。他の面々もあきらめの表情を浮かべながら、顔を下に向ける。明らかに気落ちしていた、そのときだった。
「待って!!」
突如皆を呼び止める声が聞こえた。ことりだった。ことりは続ける。
「代わりのお揃いの衣装、手に入るかも」
「ええっ!?」
皆が驚きの声を上げた。
「真姫ちゃん!」
「ヴえええっ!?」
ことりはキッと真姫の顔と正対し、真姫の肩に両手を置いた。真姫はいきなりのことで戸惑いの声を出した。
「真姫ちゃん、真姫ちゃんの力が必要なの! お願い、いっしょに来て!」
「え、あ、ちょっと……」
真姫の反応を見ることなく、ことりは真姫の手を握り、会場の外へと連れ出した。
しばらくして、ことりと真姫は戻ってきた。ふたりは両腕に何かを抱えている。
「はい、これ!」
ふたりは両腕のものを机の上に置いた。それはどこかで見覚えのある、エンジ色をした9着の服だった。
「こ、これ……」
「そう、ファジアーノ岡山のレプリカユニフォームだよ!」
「ええっ、ことりちゃん、これどこにあったの?」
穂乃果がたずねた。
「さっき行ったスタジアム前の、ファジフーズがあったところ。あそこにグッズショップがあったのを思い出したの。そこでユニフォームを販売しているの見たから、それを代わりの衣装にできないかと思って行ってみたら、運よく9着あって手に入ったよ」
「ことりちゃん……」
「何より、真姫ちゃんがお金の面で協力してくれたから、無事に手に入ったの。真姫ちゃん、立て替えてくれたお金、きっと返すからね」
「ゆ、ゆっくりでいいわよ……」
真姫が髪の毛をいじりながら、目をそらしつつぽつりと言った。
「あ、ありがとうー!! ことりちゃん!!」
「真姫ちゃんも、ありがとうー!!」
穂乃果はことりに、花陽は真姫に、それぞれ涙を浮かべつつ感謝の思いをぶつけるかのごとく、抱きついた。
「さすがことりちゃんやね。衣装に関しては見る目が鋭いわ」
希が関心しながら言った。次いで絵里が呼びかける。
「まあでも、ステージはこれで何とかなりそうね。さあみんな、急いでこのユニフォームに着替えましょう」
μ'sは全員、上半身をファジアーノのユニフォームに着替えた。下半身は制服のスカートとした。幸い、穂乃果も花陽も制服のスカートは通常通り着られる。なんとかお揃いの衣装とすることはできた。
「にゃー! 凛たちまるで、サポーターみたいだにゃー!」
ファジアーノのユニフォームに身を包んだ凛が、無邪気に言った。さっきまでμ'sを包んでいた重苦しい雰囲気は、一気に吹っ飛んだ。これで晴れやかに本番に臨める。
「このような衣装を着て歌うのは、今まで経験がないですね。大丈夫でしょうか」
そう言う海未に、穂乃果が答える。
「大丈夫だよ、自分を信じてやってみようよ」
「穂乃果、あなたがそんなこと言える立場で……?」
「あ、あはは……いや……」
海未の鋭い眼力に、ひるむ穂乃果であった。
思わぬアクシデントに見舞われながらも、それを切り抜けたμ's。いよいよ本番を迎えようとしていた。
4.大きな強い翼で
「続いては、今回東京からゲストでやってきた、今ひそかに人気を呼んでいる音ノ木坂学院スクールアイドルユニット、μ'sの登場です!」
司会者の紹介とともに、μ'sはステージに現れた。観客からはどよめきの声が沸き起こる。
ステージ上のμ'sは全員、ファジアーノ岡山のユニフォームを着ている。東京から来たスクールアイドルがこの岡山でファジアーノのサポーターとなって歌う、いわば地元岡山に対する敬意のあらわれである、岡山の観客からはそう映ったに違いない。ならば会場が大きな歓声に包まれるのは必然であった。
μ'sが今回歌うのは『START:DASH!!』である。μ'sが結成されて初めて歌った曲、一時期μ's崩壊の危機に見舞われてから再び息を吹き返し、その後今度は9人で歌った曲。μ'sとしては強く思い出に残る曲だ。それを今回の「スクールアイドル大行進・岡山」で歌う曲に選んだのだ。
♪I say…Hey,hey,hey,START:DASH!!――
μ'sの歌声が、観客たちの歓声とともに、ジップアリーナ一帯に響き渡った。
歌を歌い終わり、拍手と歓声で会場が沸く中、息が切れているμ'sのそばで、司会者がコメントを語り始めた。
「はーい、今回東京から来てくださったμ'sの皆さん、我が地元のファジアーノのユニフォームを着て歌ってくださって、誠にうれしい限りであります! 歌った曲も『うぶ毛の小鳥たちも いつか空に羽ばたく 大きな強い翼で飛ぶ』と、鳥であるファジアーノ=キジのことを歌い、さらには『諦めちゃダメなんだ その日が絶対来る』と、J1昇格を目指し、その日はきっと来ると信じながら戦う、ファジアーノへのエールとなって、まさにファジのユニを着て歌うにふさわしい曲でした!」
司会者のその言葉に、μ'sは全員、驚愕の表情を隠せなかった。自分たちが歌った『START:DASH!!』の歌詞が、まさかファジアーノを応援する要素と化していたなど、想像だにしていなかったのだ。アクシデントにより間に合わせで着ただけと思っていた衣装は、偶然にもプラスの効果を与えていた。
「μ'sの皆さんでした! ありがとうございました!!」
司会者が締めると、観客から再び拍手と歓声が沸き起こった。
――すごい、すごいよ! あんなアクシデントがあって、代わりに着たこのユニフォームで歌って、こんなにもお客さんに喜んでもらえることになるなんて! これが「ケガの功名」ってやつだね!――
ステージに立つ穂乃果は、感激で胸がいっぱいになりつつあった。こうしてμ'sの岡山ステージは大成功を収めたのであった。
「スクールアイドル大行進・岡山」終了後、μ'sは新幹線に乗り帰途についた。新幹線車内で、μ'sはステージを振り返る会話で盛り上がっていた。
「一時期どうなるかと思ったけど、まあ結果オーライやったね」
「そうね、あの時ことりがとっさの行動に出てくれたから、成功したようなものね。ことりと真姫には感謝してるわ」
希と絵里の言葉に、ことりと真姫が照れた表情を見せた。すると、にこが満面の笑みを浮かべながら言った。
「まあ、私らあのユニ着て歌って、かなりのアピールにはなったわよね。それだけで今回のステージは、もう大満足ね」
「楽しかったにゃー、岡山最高!」
凛もはしゃいでいた。
「でも、私のせいで一時はとんでもないことになって……本当ごめんね」
花陽が申し訳なさそうに言った。それに海未が答える。
「もういいですよ。ただ、今後は食べ過ぎを避けて、東京に帰ったらまた体重管理を十分にやること。いいですね?」
「うん」
続いて海未は、穂乃果のほうを向き呼びかけた。
「穂乃果も、これからは体重管理を……穂乃果?」
見ると、穂乃果は何やら細長い形のパンを袋から出して食べていた。

「あー、本番をやり切ったあとのパンは最高だなー」
「穂乃果! またあなたは何を食べているのです!」
即座に海未が反応した。
「あ、これ、バナナクリームロール。以前テレビで紹介されていた品だよ。岡山駅構内のパン屋さんで売ってたから、買っちゃった。海未ちゃんも食べてごらん」
「穂乃果、あなたって人は……はむっ!」
海未が厳しい言葉を投げつけようとした、そのときだった。穂乃果はもう1本バナナクリームロールを取り出し、それを海未の口に押し込んだのだった。
「ね、おいしいでしょ?」
「え、ええ……確かにバナナの甘い香りが口の中に広がって、今まで感じたことのない味です」
「実はみんなの分、あるんだー。みんなもぜひ!食べてみてー」
穂乃果はカバンにいっぱい入ったバナナクリームロールを取り出し、皆に見せた。全員がそれに群がった。
「あ、ホンマおいしいわこれ」
「こんなパンが売られてるなんて、やるじゃないの岡山」
「たまにはパンもおいしいですー」
それぞれがバナナクリームロールを食し、口々に感想を出していた。
「まったく……私たちは食べもののこととなると結束力が強まるみたいですね」
半ばあきれ気味の海未だったが、彼女もしっかりとバナナクリームロールを手に持ち食べるのであった。
バナナクリームロールを皆に喜んでもらって満悦の穂乃果。パンをほおばる最中にも、穂乃果の胸の中ではこういった思いが上がってきていたのだった。
――よかった。この岡山で素敵なステージをやることができて。私たちにこれだけの結束力があるのなら、ラブライブ!最終予選だって大丈夫! みんな行くよ、ラブライブ!本戦へ――
(おわり)